同朋新聞
日頃、浄土真宗(真宗大谷派 本山・京都東本願寺)龍善寺、魂の故郷早稲田墓陵早稲田納骨堂、早稲田永代供養墓にお参りいただきまして誠に有難うございます。
当寺では11月3日と4日の二日間にわたって「報恩講(ほうおんこう)」という行事が執り行われました。
報恩講とは、浄土真宗の宗祖親鸞聖人の教えに出遇った私達が、その御恩に報いる法要ですが、当日は早稲田納骨堂、早稲田永代供養墓をご利用されている方をはじめ、多くのご家庭の方がこの行事にご参加くださっていました。
また、京都の本山(真宗大谷派 本山・京都東本願寺=正式名称は真宗本廟)でも11月21日から28日の約一週間という時間をかけて報恩講のお勤めが行われています。その本山から毎月、各真宗大谷派寺院に「同朋新聞(どうぼうしんぶん)」という新聞が発行されています。
毎号読むたびに気づかされることが多いのですが、特に今月12月号の新聞では、動物の姿をとおしての「いのち」をテーマにしたお話であり、そのお話がとても深く考えさせられる内容でもありました。
今月掲載されていた記事は、北海道にあります旭山動物園の園長である坂東元さんがとらえているひとつの視点、見方です。
坂東園長は
動物園というのは、人間がつくり出したものだということを認識しなければなりません。
つまり人間のエゴでつくった場所に生き物を閉じ込めているということ。
動物の誕生や死も含めて見てもらいたい。
とおっしゃっています。
この「死も含めて」という言葉に驚きました。
私は動物が大好きで動物園や水族館によく足を運んでいましたし、
動物園では動物が生きている姿が当たり前だとも思っていました。
生きている動物がいるからこそ、みなさんも動物園に足を運んでいると思いますが、動物の「死」も含めてとなりますと動物園の見方がとても変わってくると思います。
さらに坂東園長は
動物が亡くなったら少なくともその命にありがとうと言わなければなりません。
「新しく来ました」「生まれました」だけを伝え「死にました」を言わないから、たまに動物園に行ったらライオンがいつもいるので、ライオンは三十年も四十年も生きると思っている人がいる。本当はもう代が変わって「命」をつないでいるのに。
ともおっしゃっています。
たしかに「死にました」と報告を受けていい気分にはならないと思いますが、
「死」という真実があるからこそ「いのち」について改めて考えさせられることもあると思います。
私達が、動物園や水族館に行った際、単に躍動的な姿を見るのではなく、動物をとおして私たち人間も共に「終わりある命」の事実を抱えている。その視点を持つことが大切なのだと今月の掲載をとおして教えていただいたような気がしています。
「同朋新聞」の数に限りはありますが、当寺でも無料で配布しています。
龍善寺、早稲田納骨堂、早稲田永代供養墓への参拝時に機会がありましたら、ぜひ手に取って読んでみてください。
また、来年も11月3日、4日には、当寺報恩講がお勤めされます。報恩講の時だけの特別なお勤めもありますので、ぜひ、お参りくださいますようお願い申し上げます。